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事典項目(橋本努・作成)

 

ジェボンズ『経済学の理論』

ピグー『ピグウ厚生経済学』

ヒックス『価値と資本』

マーシャル『経済学原理』

ワルラス『純粋経済学要論』

マンデヴィル『蜂の寓話――私悪すなわち公益』

 

『社会学文献事典』(弘文堂)1998、所収

 

 

1.ジェボンズWilliam Stanley Jevons (1835-1882)

『経済学の理論』*1871年刊

 古典派と新古典派を分かつ「限界効用」概念の発見は、ジェボンズ(そのほかワルラスとメンガーも相互独立に)によって1862年に送付され1866年に発表された論文のなかで論じられ、本書で詳しく展開された。

 ベンサムの功利主義の影響を受けたジェボンズは、経済学の問題を快楽的効用の最大化とする。効用は財固有の性質から生まれるのではなく、人間の要求との相対関係において現れる。古典派は、価値を財に固有の使用価値と交換価値に区別したが、ジェボンズは、使用価値を主観的な「全部効用」とし、交換価値を交換比率におきかえた。さらに、評価ないし欲求の強度を測るものとして、財をもう一つ追加することから得られる追加の効用、すなわち「最終効用度(いわゆる限界効用)」という考えを導入した。これが限界革命の引金である。いま、二つの用途(x,y)をもつある財貨をもった人が、この財貨をxyに最適配分するとしよう。最適な配分は、xから得られる限界効用と、yから得られる限界効用が等しくなるような点で与えられる。限界効用は、個人レベルでは気まぐれでも、大多数の平均的消費においては連続的で観測可能である。この想定から、二財二集団による交換の均衡モデルが導かれる。

 A.スミスによれば、水は使用価値をもつが交換価値をもたないのに対して、ダイヤモンドは微小の使用価値と大きな交換価値をもつ。この逆説は、しかし交換価値と限界効用のあいだには成立しない。交換価値を決定するのは直接には使用価値や労働ではない。生産費が供給を決定し、供給が限界効用を決定し、限界効用が交換価値を決定する。

[書誌データ] The Theory of Political Economy. 4th ed.(『経済学の理論』小泉信三〔ほか〕訳、寺尾琢磨改訳、日本経済評論社,1981.近代経済学古典選集4.

 

 


2.ピグー Arthur Cecil Pigou (1877-1959)

『ピグウ厚生経済学』*1920年刊

 ある経済主体が他の経済主体に対して意図せず損害や利益を与える場合、「外部性」があるという。一般に市場経済は外部性をもち、その結果、私的費用-便益と社会的費用-便益は乖離する。ピグーはこの外部(不)経済に対処するための政府の介入政策について、功利主義的な一般理論を構築した。

 厚生=福祉を増進するための実際の方法を容易にするために、ピグーは貨幣尺度を適用しやすい経済的厚生に研究課題を限定する。その場合、概括的には、主観的な満足度(効用)は、貨幣尺度によって客観的に計測しうると想定できる。この点でピグーは「旧」厚生経済学に分類されるが、ここから二つの主要命題が導かれる。@貧者への分配分が減少しないとすれば、国民分配分の増大は経済的厚生を増加させる。A国民分配分の貧者に有利な分配は、経済的厚生を増加させる。

 もっとも将来を配慮する主観の能力は適切さに欠いているので、諸個人の能力不足を補うために、政府は貯蓄奨励政策を積極に行う正当な理由をもつ。

 この他ピグーは、私的費用-便益と社会的費用-便益が乖離する例を多く挙げて類型化し、常識的で客観的な判断基準に頼りつつ、奨励金と課税という政府介入の必要性を正当化した。介入は、権威的な統制を必要とする場合もあれば、地方的な愛郷心によって中央統制を無用にする場合もある。ただし、どんな「みえざる手」に頼っても、その部分的な取り扱いの結合から全体のすぐれた配置を得ることはできないと主張する。

 第二版(1924)において大幅改訂。

[書誌データ] The Economics of Welfare 4thed., Macmillan. (『ピグウ厚生経済学(全4冊)』気賀健三〔ほか〕訳、東洋経済新報社, 1948-51.

 

 


3.ヒックスJohn Richard Hicks (1904-)

『価値と資本』*1939年刊

 本書は、ワルラスやパレートの一般均衡理論とマーシャルの均衡の時間的構造論を結びつけ、過去の分析を集大成しつつ、経済の動的過程を比較静学(与件変化前後の均衡点の比較)によって体系的に分析した、現代経済学の名著である。

 前半は交換と生産の一般均衡理論を静学的に体系化したもので、今日の経済学の基本道具が多く発案され、随所にヒックス独自の貢献が光る。基数的効用の計測を必要としない序数的効用関数、代替効果・所得効果による消費者需要の理論、財の集計(合成)に関する新定理、外的与件が変化する場合の均衡安定条件および均衡価格の変化方向に関する法則、などである。

 後半は、真に独創的な理論として、経済変動の過程を「週」単位に区別した比較静学の理論が、資本・利子・貨幣について展開される。週とは価格が変化せずに供給を調整できる期間であり、月曜日だけに市場が開かれ、価格が設定される。市場当事者は将来の価格、収入、支出などを予想して、今週の支出を決定する。次週には新たな情報に照らして再計画が行われるが、将来の市場に「予想」を通じて間接的に影響を与える現在の市場は「一時的均衡」にある。市場が毎期ごとに均衡しながら変動するというこのモデルは、ケインズの貨幣経済問題、マーシャルの短期・長期の理論、オーストリア学派の資本理論などの成果を綜合する道を切り開いた。

 なおタイトルにある価値とは経済主体の最適行動理論であり、資本とは異時点間の投入産出関係である。

[書誌データ] John Hicks, Value and Capital: an inquiry into some fundamental principles of economic theory. 2nd ed., Clarendon Press, 1974(『価値と資本:経済理論の若干の基本原理に関する研究』安井琢磨/熊谷尚夫訳,岩波文庫,1995.

 

 


4.マーシャルAlfred Marshall (1842-1924)

『経済学原理』*1890年刊

 限界革命(1871)の時点ですでに同じ限界効用理論を構想していたマーシャルは、本書において限界効用理論と古典派理論を綜合する原理を与えた。価格が効用で決まるか生産費で決まるかという議論は、紙を切るのはハサミの上刃か下刃かを争うに等しい。つまり両方によって決まる。ただし歴史的には、人間発達の初期段階では欲望(効用)が活動を引き起こし、経済が発達するにつれて生産活動(努力)が活動を導くようになる。この点では、消費に基礎をおく限界効用理論よりも、生産に基礎をおく古典派理論に軍配がある。

 経済活動を欲求充足(消費)のためのたんなる手段とすれば、経済の発展は「安楽水準」を上昇させるにすぎない。しかし経済活動の供給態度それ自体が意義をもち、活動において人間性が形成されるなら「生活水準」が上昇する。この上昇は、新しい企業組織の創出、利潤の準地代への転化、準地代の賃金への移動、供給価格の向上などをつうじて経済の有機的成長をもたらす。この社会観は古典派の自然法的社会観に代わるものであり、またその過程を支える倫理として経済騎士道が提示される。

 分析道具の創案も多い。economics概念をはじめて導入した純粋理論、経済生物学と均衡理論の融合をはかる企業理論(費用逓増・費用逓減産業の区別、規模に関する内部経済・外部経済、代表的企業)、経済行動の計量分析のための道具(需要の価格弾力性、部分均衡分析、短期と長期の四段階の区別、均衡の安定条件の分析、消費者/生産者余剰、準地代)、貨幣の限界効用などである。

[書誌データ] Alfred Marshall, Principles of Economics, Macmillan, 1890(『経済学原理(全4冊)』馬場啓之助訳,東洋経済新報社, 1965-1967.,永沢越郎訳,岩波ブックサービスセンター,1985.

 

 


5.ワルラスLéon Walras (1834-1910)

『純粋経済学要論』

1874年第一分冊、1877年第二分冊刊

 同じ限界効用理論の発見者であるジェボンズやメンガーをこえて、一般市場均衡の多次元方程式モデルを構築した本書は、純粋力学を体系的に経済学へ導入した古典である。

 まず二者二財モデルを構築する。財とは交換価値をもつ社会的富である。限界効用均等の法則から需要曲線を導出し、さらに供給曲線を導出する。次にモデルを多者多商品市場に拡張し、完全競争、生産用その完全移動性、および完全な価格弾力性という仮定のもとで、一般均衡モデルを構築。n人でm個の商品を市場交換する場合、方程式の数は、各人の収支均等式がn個、任意の二商品の各人における極大満足式がn(m-1)個、各商品の需給等式がm個で、計mn+m個である。これに対して決定すべき未知数は、価格がm-1個、交換量がmn個、計mn+m-1個である。この場合、方程式の数が未知数よりも一個多く、方程式が解ける、つまり市場の一般均衡解の存在が証明できる。O・ランゲはこれをワルラス法則と呼んだ。この均衡は、@消費財と消費用役(交換理論)、A原料と生産用役(生産理論)、B固定資本財(資本形成の理論)、C流動資本(流通・貨幣の理論)の四段階においてそれぞれ成立する。

 不均衡状態から価格調整を通じて均衡に至る模索過程、すなわち均衡の安定条件は、せり人とニューメレール(価値尺度財)を想定して説明される。不均衡状態では取引証書へ記入することで均衡価格が模索され、実際の取引は均衡価格の成立後である。ある市場の均衡値が成立すると、それは別の市場の与件となり、各市場が輪環的に調整される。

 版を重ねるごとに大きく改訂増補。

[書誌データ] Leon Walras, Eléments d'économie politique pure : ou Théorie de la richesse sociale, L.Corbaz, 1874, 1877 2parts.(『純粋経済学要論:社会的富の理論』久武雅夫訳,岩波書店,1983.

 

 


6. マンデヴィルBernard de Mandeville

(1670-1733)『蜂の寓話――私悪すなわち公益』*1714年刊

 人間は本来、情念につき動かされた邪悪で卑劣な存在である。しかしその悪しき本能に従い利己的に行動することによって、かえって社会は繁栄し強国となる。社会は、私欲や悪徳という低俗な部分を巧みに用いて、高雅で壮麗な全体を築いている。逆に正直や高潔さや慈悲が普及すると、社会は停滞する。最良の美徳には最悪の悪徳の助力が必要であり、人間を卓越にするためには、卑俗な欲望を奮起させなければならない。

 例えば、社会は卑俗な欲求に対する羞恥感を煽りつつ、これを回避すべく自己修養と自負心を植えつける。国家は、飲酒や売春宿という悪を促進しつつ、これに課税して国庫を豊かにし、また貞節な女性の美徳を保護する。社会は羨望や虚栄によって人々に競争させることで全体として繁栄し、逆に人々が美徳を持って倹約すれば失業を生む。このように、経済的繁栄、礼儀作法の洗練、および悪徳と欲望の増大は、すべて正の相関をもつ。

 政治とは、人間の弱点を知り尽くし、これを公共の利益に変える技術である。国家が富裕で強大になるためには、@悪徳である奢侈と自由貿易を許し、A産業を育成して雇用機会を創出し、B下層民を窮乏状態において強欲にさせ、彼らに読み書き作法の慈善教育を与えない。また、欲望を無害化して平和を維持するために、恐れという情念で人間を教化し、社会と人格を洗練することができる。

 本書は、1705年の詩『ブンブンうなる蜂の巣』に、他の考察を追加して1714年に出版された。1723年に増補された正編は社会に衝撃を与え、非難・告発をあびる。1729年に対話形式の続編を出版、1732年に対話の続き『名誉の起源』を刊行。

[書誌データ] The Fable of the Bees : or, Private Vices, Publick Benefits TU, Oxford University Press, 1924. (『蜂の寓話』,『続・蜂の寓話』泉谷治訳,岩波書店,1985,1993.